まだ嘆く場所があるだけよいのか。
この年齢で感傷に浸るな。悪いところが治るというのになぜ鬱々としているのかというのが私の周りの人たちの意見のようです。
— さえき (@rosemarie_001) 2021年7月22日
そろそろ入院するまで一ヶ月切るのですが、未だに腹が据わっておりません。
お腹に弱い痛みを感じたり、ちょっとした違和感が現れたりすると
「なんでこんな事になるかな?」
など鬱々とした思いに囚われます。
この痛み、卵巣が腫れていますよと指摘されるまで気になったことがなかったのですよ。
なにせこんなもんだったから。
それが約一年後には子宮と両側卵巣の全摘出決定です。おまけに自分は大丈夫って正常性バイアスかかりまくりだったので青天の霹靂ってのはまさにこのことで、心の中は穏やかではありませんでした。
生まれてこの方手術なんて経験したことがないので、手術を受けることへの恐怖感。
もう子供を望める年齢でもないので人によってはただの臓器と言われるかも知れません。辛い生理痛に悩まされてはいましたが当たり前にある臓器が無くなるというのはどこか悲しく切ないものがあります。
そして、卵巣嚢腫が発覚したタイミングが母が亡くなったその年のこと。母が亡くなったその後も今度は実家に残っている人たちの事でストレスがかかっており「なんで?」とは思うのですが、これが一番病気になるきっかけになったのではないかと思っているのです。だからこそ
というか、感情ブレブレで、私はまな板の上の鯉!って言い聞かせてみたり、返せ!返してくれ!と取り乱してみたり、これは私の身に起きた出来事じゃないんだ……。と、他人事のように思ってみたり。
— さえき (@rosemarie_001) 2021年6月27日
ストレスの元になった人たちには届かなそうだし、きっと突きつけたところで「あんたの体はあんたの責任でしょ?」と言われるのが関の山だし、話したくもないけど
— さえき (@rosemarie_001) 2021年6月25日
「元の状態にして返してくれないかなぁ?」
などと独りで荒れに荒れまくっていました。
Twitterでは具体的に何を返せと、何を元の状態に戻せとは書きませんでしたが、要は子宮と卵巣です。
ダンナさんの前で大声あげて泣くことができればいいのですが、それができる雰囲気でもありません。
ダンナさんにちょっと現状を嘆く発言をすれば
「どうして悪い所を治すのに嘆く必要がある?」
「悪いところ治して元気になればいいじゃないか」
「実家のことでクヨクヨしてもしょうがないだろう?トラブルが起きたら起きてから考えればいいんだ」
と、良い言い方をすればスーパーポジティブ。とっても前向きなのは長所かもしれませんが、私のひねくれた心で嫌味な言い方をしてしまえば、正論でぶん殴って黙らせる人ともいえます。
嘆きにはただ頷いてくれれば良かったし「辛かったよね」「大変だよね」の一言でもあれば少しは気分が上向きになれたのかもしれません。
ただ、遠くの病院へ通うために文句を言わずに仕事を休んで連れて行ってくれるのには頭が下がります。全てがすべて自分の思う通りに進むはずもないので、鬱々とした気持はネットで吐き出して日常をやり過ごしていくしかないと思っております。